大判例

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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)735号 判決

昭和四三年九月一七日成立した本件和解の効力について検討する。≪証拠≫によれば、

1 被控訴人が、東山企業から本件建物の賃借権の譲渡を受け、その際控訴人に差入れた保証金一四〇〇万円は、賃料債務等の担保としての性格を有し、期間満了後本件建物を明渡す際に控訴人から返還を受くべきものであるが、そのうち金一〇〇〇万円は、前述のように、従前東山企業が控訴人に差入れていたものをそのまま譲り受けて承継したものであり、そのため、被控訴人は、その譲受代金として、その夫鄭判龍が振出した金額一〇〇〇万円、支払期日昭和四〇年九月三〇日の約束手形一通を東山企業に交付していたところ、右手形は不渡りとなり、鄭判龍も同年一〇月ころ倒産するに至ったので、右譲受代金一〇〇〇万円の支払をめぐって東山企業と被控訴人及び鄭判龍との間に紛争が生じ、控訴人を交えて協議した結果、同月一四日右四者間において、右保証金のうち一〇〇〇万円は、期間満了によって被控訴人が控訴人に本件建物を明渡す際に、控訴人から東山企業に返還されるべきことを確認し、被控訴人と鄭判龍は連帯して東山企業に対し、遅滞なく金一〇〇〇万円を支払うべく、その支払を了したときは、東山企業は、控訴人に対する右保証金一〇〇〇万円の返還請求債権を被控訴人に改めて譲渡することを約した。しかるに、被控訴人及び鄭判龍は、昭和四三年七月末日の期間満了が迫るに及んでも、東山企業に対して右金一〇〇〇万円の支払義務を履行せず、そのため、控訴人は、東山企業から、右期間満了時に本件建物の明渡しを受けて保証金一〇〇〇万円を東山企業に返還するよう求められた。

2 鄭判龍は、昭和四一年三月四日東京地方裁判所において破産宣告を受け、一方被控訴人が鄭大勉を支配人として本件建物で営んでいた焼肉店食道園の収益も思うように上らず、前記東山企業に対する一〇〇〇万円の債務の外にも多額の負債を抱えていたが、被控訴人は、更に右営業を継続するため、昭和四三年二、三月頃から鄭大勉を代理人として控訴人のもとに日参させ、数十回にわたって右賃貸借の期間延長を懇願させた。

3 当時、控訴人としては、前述のように東山企業から保証金一〇〇〇万円の返還を求められており、また、建て替えるべきビルの規模について、自己所有の土地と隣地の安西所有の土地、更には裏側で銀座通りに面するオリンピック製菓株式会社所有の土地を合わせ、より大きいビルを共同建築したいという構想を有していたが、未だ関係者と協議するまでの段階に至らず、資金面の準備も進んでいなかったので、被控訴人の度重なる要求を容れ、二、三年間に限り期間を延長してもよい旨伝えたところ、右鄭大勉から、多額の債務を弁済したうえ、投下資本を回収するには、最低五年間は必要である旨重ねて懇願されたので、五年の間には前記ビル建築のため関係人と十分協議を整え、資金も準備しうるとの見透しをたててこれに応じ、同年五月八日被控訴人との間で、前述のように、右期間を昭和四八年八月末日まで延長する旨合意し、又、右合意の際、期間満了後の明渡しの確実性を期するため、その条件として、期間満了時に右賃貸借を合意解約して即時に本件建物を明け渡すべきこと及びその旨を起訴前の和解に基づく和解調書に明記して確約すべきことを被控訴人に求め、被控訴人並びにその代理人鄭大勉もこれを了承し、その結果、前述のように本件和解が成立するに至った。

当時、鄭大勉は、不動産の売買あっ旋、金銭貸付を業とする中央相互開発株式会社の専務取締役の地位にあり、又、右合意並びに本件和解については、いずれも控訴人の代理人弁護士山本満夫が終始関与し立会い、被控訴人及び鄭大勉に対し、その内容につき十分説明を行った。

4 このようにして、控訴人は、約五年後には本件建物の明渡しを受けられるものと確信し、前述のように、その間一年を経過する毎に毎月の賃料を金一万五〇〇〇円宛増額するにとどめ、期間更新にあたり通常授受される更新料のようなものも徴することもなく、一五〇万円増額された保証金も本件建物の明渡しの際東山企業もしくは被控訴人に返還されるべきものにすぎなかった。

5 その後、控訴人は、昭和四五年頃前記オリンピック製菓株式会社から、本件建物及びその敷地のうち控訴人所有部分を買取りたい旨の交渉を受けたが、前述のように独自のビル建築の構想もあり、被控訴人に対する本件建物の賃貸期間もなお三年以上もあるところから、これには応ぜず、次いで、昭和四七年春頃本件建物の敷地に五階建てのビルを建てるとの構想の下に、建築設計業山崎信雄にその設計図の作成を依頼したところ、実施設計図の作成には、既存の建物を取毀したうえ敷地の正確な実測と土質の検査をすることが必要であるため、概略の基本設計図の作成を得たにとどまったが、他方、同じ頃、当時第一勧業銀行数寄屋橋支店の貸付主任をしていた小池欣一に、右五階建てビルを翌年に着工する予定の下にその資金の融通方につき相談する等して、ビル建築の準備を重ね、更に昭和四八年に入り再び前記オリンピック製菓株式会社から前同様の買取りの申込みを受けたが、すべてを本件建物明渡し完了後に熟慮決定することとして、一途に同年八月末日における明渡しを期待していた。

以上の事実が認められ(る。<中略>)

右認定事実によれば、控訴人と被控訴人は、昭和四三年五月八日本件建物賃貸借契約を昭和四八年八月末日に合意解約し、同日限り被控訴人が本件建物を明渡す旨の期限付合意解約を約し、引き続いて同旨の本件和解に及んだものであって、その際被控訴人が真実解約する意思を有していたと認めるに足りる合理的客観的理由があり、しかも、他に右約定を不当とする事情は認められないから、これを有効と解するのが相当である。従って、本件和解は借家法六条により無効であるとの被控訴人の主張は採用し難い。

(田宮 新田 真栄田)

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